田舎暮らし

私たちは結婚して2年目に田舎暮らしを始めたのでした。東京の新宿での借家暮らしから一転、山深い農家の空き家に転居したのです。
30軒近くの空き家を訪ねたどり着いたのがこの家でした。

1982年晩秋 まずは、泊まりがけで引っ越し前の家のお掃除。
田舎暮らし 廃屋に移り住む
大きな希望と不安と共に、人から見れば無謀とも思える生活に突入したのです。
私たちからすれば楽観してとらえておりました。

いろり端に座る2人。
大掃除をして、一段落。
この日が始めてここに泊まる日でした。





← 一番山の上に見えるのが
私たちがお借りした民家です。

車は家の前までは行きません。
200bほどは歩くのです。

眺めは最高です。
武甲山が下に見えるような処なのでした。
1983 新宿区より秩父郡小鹿野町へ転居(標高700mの廃屋)田舎暮らしのスタート
Green Letter3号「山村での生活」(日本野生生物研究センター刊)にてエッセイ寄稿
TV出演 1989 ふれあい出会い旅
1991 NHK オピニオン脱都会

1983年夏
←インドで出会ったノリさん(アッチャーさん)とドイツの女性が訪ねてきました。
 土間には絵が飾ってあります。
 ↓友禅染の桐原さんも友人と共に




1983年 大学の友人が訪ねてくれました。

 縁側で、もんぺ衣装に着替えての田舎姿ショット







自宅個展を開催

1984  自宅個展「シリーズたねの夢+絵日記356点」:展示場は2階の蚕室。

地元の方に自分を知ってもらうことが必要と考えて、自宅で個展を開きました。
話題を呼び新聞に出て、埼玉県各地から人が来ました。
2度3度お弁当を持って訪ねる方もいて500名近い方々に見ていただきました。

1984 長女泉誕生   →このころのTV出演


我が家からの眺め

1986 「残雪の長久保」 中央の日尾嶽山、左の武甲山もよく見える

ここを基地に夏の子供自然塾を展開15年実施しました。 神楽団にも入団。  消防団にも入団


長女「泉」に妹「光」が誕生 1986/2
ユウコリンのこの後のプロフィール




毎日新聞全国版の見開きいっぱいで
小鹿野町の「芸術文化の村づくり」が紹介されました。
日本全国で田舎暮らしの活字が踊り始めてきたのですが、
その先駆けだったようです。
「芸術文化の村づくり」は
私が過疎地域の空き家に転入した時、
時の守屋町長が同じ倉尾地区でしたので、
空き家に芸術家をよぼうとなって
全国で先駆けて始まった事業だったのです。
写真の世帯が転入芸術家です。

隣の吉田町や皆野町でも
同様の事業を数年後に始めましたので、
秩父は作家密度が高くなったようです。
裕子の膝の上には泉(2歳半)


三女「春花」誕生 1987


1988 岩風呂風なお風呂 春花をだっこして入ってます。
床や壁の石は合角ダムに沈む村の河原から拾った石

1988.10   長男「星仙」誕生  


1988/11 生後1ヶ月の長男とみんなで入るお風呂

この年88年12月から89年3月まで沖縄移住(乳飲み子抱えて一家6人の大移動)


1989.4 絵本作家の菊池さんがラッキーと共に訪ねて下さいました。


1989夏  1989 TV出演 ふれあい出会い旅参考に


庭で子供達が粘土細工

1990年1月〜4月 沖縄移住


1991/3/10 土間の玄関先で遊ぶ子供達 →このころのTV出演
左手に展望室 ここでお父さんはよく絵を描いていた。

我が家からの眺め

1991/7 長久保の家からの風景。中央に日尾嶽山。その左奥に尖った武甲山。


秩父中の芸術家が集まった「小鹿野画衆国展」(1991〜)も転入作家の活動がきっかけだった。→このTV出演
1994年には町に下り「自宅を2×4でセルフビルド」その様子は→こちら