私たちは結婚して2年目に田舎暮らしを始めたのでした。東京の新宿での借家暮らしから一転、山深い農家の空き家に転居したのです。
30軒近くの空き家を訪ねたどり着いたのがこの家でした。
TV出演 | 1989 ふれあい出会い旅 | |
1991 NHK オピニオン脱都会 |
1983年夏
←インドで出会ったノリさん(アッチャーさん)とドイツの女性が訪ねてきました。
土間には絵が飾ってあります。
↓友禅染の桐原さんも友人と共に
1983年 大学の友人が訪ねてくれました。
縁側で、もんぺ衣装に着替えての田舎姿ショット
1984 自宅個展「シリーズたねの夢+絵日記356点」:展示場は2階の蚕室。
地元の方に自分を知ってもらうことが必要と考えて、自宅で個展を開きました。
話題を呼び新聞に出て、埼玉県各地から人が来ました。
2度3度お弁当を持って訪ねる方もいて500名近い方々に見ていただきました。
1984 長女泉誕生 →このころのTV出演
我が家からの眺め
1986 「残雪の長久保」 中央の日尾嶽山、左の武甲山もよく見える
ここを基地に夏の子供自然塾を展開15年実施しました。 神楽団にも入団。 消防団にも入団
長女「泉」に妹「光」が誕生 1986/2
ユウコリンのこの後のプロフィール
毎日新聞全国版の見開きいっぱいで 小鹿野町の「芸術文化の村づくり」が紹介されました。 日本全国で田舎暮らしの活字が踊り始めてきたのですが、 その先駆けだったようです。 「芸術文化の村づくり」は 私が過疎地域の空き家に転入した時、 時の守屋町長が同じ倉尾地区でしたので、 空き家に芸術家をよぼうとなって 全国で先駆けて始まった事業だったのです。 写真の世帯が転入芸術家です。 隣の吉田町や皆野町でも 同様の事業を数年後に始めましたので、 秩父は作家密度が高くなったようです。 |
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裕子の膝の上には泉(2歳半) |
三女「春花」誕生 1987
1988 岩風呂風なお風呂 春花をだっこして入ってます。
床や壁の石は合角ダムに沈む村の河原から拾った石
1988.10 長男「星仙」誕生
1988/11 生後1ヶ月の長男とみんなで入るお風呂
この年88年12月から89年3月まで沖縄移住(乳飲み子抱えて一家6人の大移動)
1989.4 絵本作家の菊池さんがラッキーと共に訪ねて下さいました。
1989夏 1989 TV出演 ふれあい出会い旅参考に
庭で子供達が粘土細工
1990年1月〜4月 沖縄移住
1991/3/10 土間の玄関先で遊ぶ子供達 →このころのTV出演
左手に展望室 ここでお父さんはよく絵を描いていた。
我が家からの眺め
1991/7 長久保の家からの風景。中央に日尾嶽山。その左奥に尖った武甲山。
秩父中の芸術家が集まった「小鹿野画衆国展」(1991〜)も転入作家の活動がきっかけだった。→このTV出演
1994年には町に下り「自宅を2×4でセルフビルド」その様子は→こちら