■財産・債務・医療を新市に引き継ぐ ■水道料金は1割引き下げ減収額は一般会計より補てんする
■給食費のサービスは高く、負担安く。差額分は一般会計より補てん ■経過処置にて決定する懸案先送り
■7市町村法定協の財政シミュレーション(資料)
新市をスタートさせる為には、まず夫々の持っている財産・債務や事業について合併協でよく検討し論議をつくして整理をするのが本当の合併協のあり方です。そうすれば新市のあり様が見え合併協に加わっている7自治体が何を整理し何を残しどのような事業が新市で行なわれるかがはっきりします。
しかし今回の合併協の決定「現在7市町村で持ち、運営している財産・債務・事業がそのまま新市に引き継がれるということになりました」ということは一面で合理的に見えますがとんでもないことで新市で取捨選択をするという政策の先送りでしかありません。合併協における各々の自治体の政策の担保(保証)はまったく無いということです。政策決定者の無責任この上ない合併ということになります。例えば小鹿野町の住民の多くが望んで積み上げてきた高福祉政策は担保(保証)されておりません。
合併は政策がまとまってはじめて合併でなければなりません。そうでなければ住民に合併するという負担に対し責任がはたせないからです。新市構想にはこの事が少しも入っておらず、合併すればなんとかなるだろうという安易な考えがあるからです。改革して住民に安心して暮らしてもらおうとするトップあるいは政策担当者の信念と現在かかえている問題に真正面から切り込んでいく決意と気迫が無いからなのです。
多くの合併先進市町村から出る言葉「合併は聞いて極楽見て地獄」が現実なのです。今まで各市町村で行なっていた事業をそのまま継続したのではいかに合併し規模が大きくなったからといって成り立つわけはありません。先送りされた事業や政策は新市によって取捨選択が行なわれます。行政の決定権は市長にあり議会にありますから、数の論理によって取捨選択が決められることになります。
大きな合併の欠点はここにあります。一見民主的合理的に見えても最終段階、実際面では小さな主張には限界があるのです。今回すべての合併市町村の財産・債務・事業が新市に引き継がれたのは大合併の欠点が露呈したのであり、大きくなれば調整がいかに難しいかの証明であります。
そして最後は数の力がものを言う世界に入って行くのです。いままで全国で実施された大合併の失敗はこのところにあります。
合併は基本的には構造改革です。小さい自治体をまとめて大きい自治体とする、それだけでは改革になりません。構造改革ですから痛みが生じます。しかし、その痛みは未来の明るい夢の中でいやされ我慢できます。合併でみんなが求めているのはこのことではないでしょうか。
政策遂行の基本は先憂後楽でなければなりません。水道料金を合併効果の還元の為に10%値下げするという。その減収額を一般会計で補てんするなど常識では考えられません。親方日の丸の公務員か選挙民に媚(こび)を売る政治家しか考えない発想です。いかに現状認識が甘いかの証明だと思います。
合併協は財産の処分、債務の整理、事業の整理、等々合併によって生ずる負の負担、コンピュータシステムの統一化、事業の見直し、新規事業の立ち上げ、等々これから発生する負担に対し経営的検討は何も加えず、ほとんどの事業は5年の経過の中で検討することになっています。にもかかわらず、まず水道料金を現在よりも10%下げるというのはまったく行きあたり政策の最たるものであり、今合併の本質、正体を表しています。
水道事業は特別会計であり基本的に独立採算制が追求され受益者負担が原則です。一般会計から補てんするということは事業会計を誤らせるし長期継続的に値下げが可能なら事業会計内で値下げをすれば良い。サービス対負担、投資対効果、この原則を貫かなければ構造改革は出来ない。加えて他町村は定かでないが、小鹿野町水道事業の場合いまだ発ガン性が問題とされている石綿管が使用されている状態である。水道事業に対する、今後の投資がはっきりしないのに値下げ等言語道断です。安全・安心を標榜するなら石綿管問題等も真剣に合併協で論議されなければならないはずです。
7市町村合併協は合併ありきに原点を置き、問題は合併後に考えるという基本スタンスのため、地域の問題点が少しも顕在化せず、論議もされないから未来が住民に提示できない。だから不安が残る。不安なのにどこかで決められて行く。自らは決定に加われない。苛立ちが閉塞感となり無力感をつのらせ地域に躍動感を失わせているのです。
今回提示された新市構想、おらあが町は将来こうなるのだと住民に胸をはって説明できる首長は7市町村誰もいない新市構想となっています。
誰でもサービスが良く負担が少ない事に文句をいう人はいません。問題は、それでは給食事業が成り立たないからその不足分は一般会計から補てんするという計画です。こんなことは私企業では考えられないことで、親方日の丸の典型です。補てんする一般会計も合併したからといって地方税収入を含め安心できない厳しいものです。
自治の基本は一家を成り立たせ地域を成り立たせ市が成り立つ、その事によって日本が成り立つということです。
「入るを計って出ずるを制す」これが基本であり、サービスを受ける者はそのサービスに相当分の経費を負担するのは当然のことです。同時に差額を一般会計から補てんしないで、サービスはより高く、負担は安い方にの事業側の合理化を進めなければなりません。この事が改革の意味するところで、すぐに一般会計から補てんするという発想が事業会計ひいては事業そのものを見えなくしているのです。
若い人の子育て支援という事で考えるならその事は子育て支援事業で考えるべき事で給食事業へ絡ませることは改革の芽を摘むことになります。
ここにも大きな合併の危機意識の欠如が見られます。合併の顔の見えるというのは最大公約数が求め易く先憂後楽の政策がすばやく取れるところにあります。
今、合併協において夫々の自治体の持っている財産・債務・事業が合併協議会において論議され、夫々の自治体が協議という意味合いを良く理解し新市構想としてでき上がった形跡は見えない。単に寄せ集めの仲良しクラブで結論は先送りし、今回は体裁を整えておこうとした今合併協の新市構想は無責任極まりない。
合併をしようとしている各自治体は自分の地域をどうしようとしているのか、住民をどこへ連れて行こうとしているのか、新市構想からはまるで見えない。7市町村長い歴史の中、夫々独自政策を積み上げてきたはずであり、どうしても譲れない政策もあるはずである。にもかかわらず新市構想は極めてスンナリと出来上がり合併協議会において満場一致で決められました。
今合併は地域活性化の為の絶好の機会であり、ここで将来の地域のあり様が決まるのであるからもっともっと真剣に論議されるべきなのですが論議されない。政策立案官僚による机上のプランが新市構想といえる。
政策に対するプライオリティ(優先順位)を決めることが改革にとって最も重要なことであるにもかかわらず、そのことについてはまったく論議されていない。総て先送りであり5年経過が主たる経過を見る期間となっています。
このところに顔の見えない7つもある市町村の限界があるのです。通常、企業合併等の場合は相手方の問題点をよく調査分析をし相手の弱さをつき、いかに自社に有利に交渉を持って行き株主・社員を保護するかに血眼になって交渉にあたるのですが、親方日の丸と住民への責任感の欠如から交渉した議論をしたというところは見えない。ただ単に美辞麗句を並び立てその構想から夫々の地域がどうなるのか少しもわからない。
いままでの市や町が一緒になるのだから何かを失い何かを得るはずであるのにそれさえ整理できない。
7市町村合併の限界と言わざるを得ない。端的に言って7市町村の首長は7名おりその中1名だけが最善新市長として選ばれるだけであり、最悪は誰も新市長に選ばれない事が有り得るのです。あの新市構想の中味について誰が責任を持つというのですか。首長を辞任する方々は自分の市・町・村にどのように責任をはたすつもりですか。
「あとはどうなと しやなろたい」
7市町村合併など無理なのです。問題を前へ前へ先送りするだけで少しも中味が伝わってきません。中味が伝わってくるのは公共投資であるトンネル等道路工事の音だけです。それで秩父は生き返るのですか。
新市構想は今までの各市町村の振興計画から一歩も出ておらず改革の息吹が少しも感じられないのです。