第20話 ムガル建築の宝庫

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  6月16日 朝7時 汽車の中での起床。駅の物売りからチャイを1杯買い、ビスケットとマンゴウで朝食。チャイは素焼の器に入っていて、飲み終わると皆ガチャンと捨ててしまう。しかし捨ててしまうには余りにももったいない器だ。駅によってその色・形も違っていてコレクションしたくなってしまう。あるインド人が「インドはすごいんだ。コップも使い捨てだ」と自慢していた。
 12時 バンディクにてトーストとオムレツの出前駅弁。しかし、ここで2時間も足止め。これでも特急かと怒ってしまう。裕子が出歩いてマンゴウをまた1s仕入れてきた。食べることしか脳が無い僕たちだ。すると前に座っていたターバンのおじさんが「これはパロットマンゴウだ。おいしくない!ダシャーリーマンゴウと取り替えてきなさい!」インドには何十種とマンゴウの種類がある。言われるままに裕子は取り替えてきた。それが実にうまい。ターバンのインド人も『どうだ!』と言わんばかりだ。

 退屈な列車の中、よく見かける旅の楽団でも来ればいいのだが・・・もっとも座席指定の列車の中はすいていて横になったりくつろいだりできた。そこによくいる無賃乗車の人が入れ替わり来るが、そのターバンのインド人が「ここは10Re余計に払ってんだ!あっちへいけ!」と追い払ってくれるので僕たちも楽だった。

 夜8時 アグラ・フォト駅着 客引きに引っ張られるままにホテルへ行ってみた。35Reの部屋を10%ディスカウント。夕食においしいマトンフライを食べ、すぐベッドにもぐった。

 6月17日 6時半起床 3種類のマンゴウで食べくらべの朝食。更にレストランにて軽食をとる。

 このホテル専属のリキシャマン、スンダル氏におがみ倒されて1日観光に出ることになった。あっちこっちと土産屋に連れて行かれながらも城壁が立派なフォートに着く。英国に持ち去られたところもあるが、大理石の彫刻がすばらしい。一五六五年完成のムガルの権力の象徴的建造物だ。城内の樹木にはリスもいて心なごんだ。遠く見えるタージマハールも美しい。(ムガル帝国は1526〜1858年。1498年にはヴァスコ・ダ・ガマが来航、1600年にはイギリスが東インド会社設立)

 砂嵐の中スンダルはペダルをこぎ、ムガル時代の墓陵イテマッドに着く。ここの大理石のモザイク技術が後のタージに受け継がれた程の美しさだ。芝生や石の通路をイスラムの人になりきって裸足で見学した。

 






タージマハール そしてタージマハール。インドの美の象徴だけの事はある。1653年完成のこの墓陵は、時の皇帝が愛した妃の死を悲しんで、天文学的な費用をかけて造った建築物だ。棺も世界から集められた宝石がちりばめられていた。インド各地、外国からも観光客がかなりいた。こんないい加減なインドに何故こんな美しい建築が出来るのか不思議だ。まったく不思議の国だ。

 ホテルへの帰りにネパール人のリキシャマンに出会い、話がはずむ。インドにあって、日本人の顔にそっくりのネパール人に出会うとほっとしてしまう。『明日は彼に案内してもらおう』

 
サキシャリム廟 6月18日 朝食後バスに乗って時の首都ファーテーブ・スィークリーへ。1574年、時の帝国が首都をここに建設したが、水不足で14年後あっという間にゴーストタウンになってしまった。壮大な建築郡が手着かずのまま残っていて不思議な感じだ。その中にあるサキシャリム廟は大理石の透かし彫りが見事だ。

 バスに乗って帰ると、ネパール人のドヴィンドラとスンダルの知合いのナーラヤンが待っていた。僕たちはドヴィンドラにお願いしたいのだが・・・彼は出稼ぎの身。「肩身が狭くなるので、インド人の言うことを聞いてやってください」との事だ。二人にひとりづつ乗せてもらい観光に出た。

 途中猛暑の中パンクのアクシデントもあったが、建設中の寺院を見学。造り始めてから既に八十六年建っていると言う。6ヶ月もかかって大理石でバラの花の透かし彫りをしている人。3ヶ月も向こうとこっちで鋸を引き、大理石の柱を切っている人。監督に聞くと、あと百年は完成までにかかるとの事。でもその未完成の造りを見てもそのすばらしさに感心してしまう。「私のおじいさんのおじいさんからここで鋸を引いているよ」と、気の長い、しかし実に贅沢な、豊かな何かを感じた。『いいものは時間をかけて作られる』のだ。

大理石を鋸で切っている


大理石の透かし彫りをする人を見る左がドヴィンドラ、右がナーラヤン

 夕食はドヴィンドラの夢や悩み、ネパールの事など聞きながら、彼の手作りをご馳走になった。アグラは暑いし仲間はいないし稼いだら二度とここへは来ないそうだ。リキシャで1日働いてよくて30Re、駄目なら0。リキシャのリース代は親方に1日5Re払うそうだ。観光のメッカだからそれにたかるものも多いし、政府機関の販売所などと言って宝石やシルクなどを不正に高く売っている店も多い。心優しい彼がここで暮らすのには無理があると言うことだ。

 6月19日 午前中は「俺にも稼がせろ!」とばかりナーラヤンが来た。土産屋にぐるぐる回り別れた。しかし何で僕たちがインド人の気を使わなくちゃいけないの?
 11時 2等の自由席でジャンシー行きの汽車に乗る。余りにぎゅうぎゅうなので1等の通路にいたら、車掌に行けと言われたが、1Reあげて(わいろ?)30分ほど使わせてもらった。

 3時 ジャンシー着。くたくたのはらぺこ。ウォータークーラー付のほてるに泊まる。55Reと高いが居間と寝室が広く、何より涼しいのがうれしい。贅沢した。

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