第17話 バブさんの観光案内

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  6月6日 未明より下痢の連続。リキシャのバブさんが市内観光に誘いにきたが、今日は中止。タール砂漠の入口の街へ行く切符の予約に裕子と行ってもらう。果物も買ってきてもらったが、バブさんに交渉してもらうとスイカも1Reで買えると裕子は喜んでいた。僕はお腹の具合いをみて、りんごとかバナナなど果物だけ食べて過ごす。飲み水は沸かして水筒に入れ、ぬれタオルを巻いておくと冷たくなっておいしい。果物も同じように冷たくして食べた。

 夕食はダルスープ(豆スープ)、ベジタブル・カツレツ(コロッケ)を少し食べ、日本から持ってきたとろろこんぶを食べた。夜8時、気温36.6度。体温37度

 6月7日 7時半起床、平熱。9時、バブさんが迎えにきた。チャイとラッシー(ヨーグルトドリンク)をおごってくれて、おしゃべりしてから観光に出発。

 ジャイプルは一七二八年に王ジャイ・スィン2世によって造られた街で、旧市街は7つの門を持つ城壁にぐるっと囲まれている。プルは「都市」の意味がある。王様の名前をつけた街と言うことだ。

 サンティ・モルジェヌ:美しい建築物。中はギャラリーになっていて、たくさんの美しいイスラム、ムガール時代の細密画が展示されていた。


サンティ・モルジェヌ(マハラジャの城)
真ん中にいるのがリキシャのバブ

 シティパレス:王様ジャイ・スィン2世の居たお城。まさに豪華けんらん。床、天井どこを見ても美しい装飾が施されていて、ため息の連続だ。真っ赤なターバンを巻いた背の高い護衛兵がいて雰囲気も最高。

護衛兵と
シティ・パレス 1728建造

 ジャンタル・マンタル:ジャイ・スィン2世の作ったインド最大の天文所。巨大な陽時計や星や月の観測に利用した建築物のある広場になっている。まるで遊園地のようだ。建築物はどれも大理石を利用していて、美しい。 


ジャンタルマンタル

 ハーワ・マハール(風の宮殿):見上げると青い空にコーラルの壁が美しい。宮廷の女達がそこから街をながめたと言う飾りの美しいテラスがたくさんついている。壁のように通りに建っていた。


風の宮殿ハーワ・マハールとそこからのながめ

 高級なレストランでリッチに昼食。とは言ってもふたりで33(約千二百円)。クーラーが効いていて外にしばらく出たくなかった。宝石店や布地屋に寄ってから、またバブのおごりでチャイとお菓子をいただく。 バブさんには1日30でいろいろ案内してもらっていたが、インドでは高給になるのだろう。にこにこバイバイ!でした。

 6月8日 バブさんの家に招待される。子供がたくさん居て、にぎやかだ。僕が彼の奥さんに「ナマステ」と挨拶したらそっぽを向かれてしまった。彼らは回教徒だったのだ。あわてて「アサラームマライクゥン」と言いなおした。僕らには見ただけではヒンディかイスラムかはわからない。良く見ると奥さんも二人は居るようだった。土間になってる家の中にはデコレーションケーキか未来都市のようなメッカの絵が飾られてある。真っ暗な部屋の奥では御昼の用意をしているようだ。近所をぶらぶら歩き、また宝石屋に連れて行かれ時間をだいぶつぶしてしまった。バブさんもいい人だがリベートをだいぶ当てにしているようだ。


バブさん一家(妻が二人居る) ハイポーズ

 さて、近所で紹介される度「メーラー・ナーム・たじま・ヘイ」(私の名前はたじまです)と言うと驚かれる。「私もタジマールだ!」と。イスラムにもたじまさんは多いらしい。(そうそうあのタジマハールもあるぞ!)

 2時頃バブさんの家にもどり昼食。なんと家族は食べずにきちんと待ってた。あれこれ進められるまま、おいしくご馳走になった。「もうじゅうぶん」と言うと、バブさんのお許しが出て、お鍋に群がった。家族みんなだいぶお腹をへらしていたのだろう。バブさんの威厳が感じられもした。バブ家の皆さんありがとう!

 帰るときに砂嵐がおそった。いっぺんに雲がおおい、強風が起こり空が薄赤く染まり、別世界のようだった。 バブさんと別れ、夜行の汽車に乗る。寝台で落ち着いていると、コンダクター(車掌)が、違うと言う。どうもこの車両はレディスの寝台らしい。怒る頭を押ししずめ、何とか車掌にチップを渡し、寝台を都合してもらった。『まったく駅員は当てにならん!』      
  いったい何時だったろうか、もめ事のようだ。どなり声で外を見ると寝台の取り合いをしてる。僕の寝台におはちが回ったら大変なので、そっと見ていた。しばらくどなり合ってもめていたが、先に寝台に居る人がとうとう銃を持ち出し追い払った。カッカしてるその人の勢いで何かなければ・・・と不安な一時だった。治安の割合良いインドでも銃を見ると恐ろしい。過去にもあった宗教がらみの争いはもっと恐ろしい。くわばら、くわばら

 汽車でのすったもんだの中、ラーマさんと言う中流階級?のインド人と知り合った。たまたま行き先が彼の家があるジョドプールだったので、「遊びに来い」と言うことになった。落ち着けぬ夜汽車の旅の夜は更けた。

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