第15話  インドは暑い!

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夜でもかまわず楽師がやってきて騒ぐ 楽しい

  6月1日 朝7時、デリー着。リキシャをつかまえ、安宿の多いバハールガンジへと向かう。人が良さそうなリキシャマンだなぁと思っていたら、自分の知ってるホテルばかり連れて行き、そのどれもが高くて話にならない。「高い!もっと安い宿に連れて行け!」の注文に、35Reでバス付のベッドも良く、まかないも良さそうなホテルに案内された。何処でもそうだが、リキシャが客を連れて行くとホテルや土産屋からお礼がもらえる仕組みで、できるだけ高いところに連れて行きたがる様だ。9時半、さすがに夜行のバスで疲れていたので、昼寝を始めた。

 午後1時、目が覚める。ひどい暑さだ。ビスケットとりんごをかじる。外は地獄のようなので部屋で地図を見たり出費の計算や予定の整理をした。3時半、まだまだ暑い。何とは無しに体温計を見ると三十七度一分だった。振って水銀を下げても目の前でぐんぐん上がる。インドでは気温は体温計で計ると丁度よい様だ。


暑い中でのバザール 果物が豊富だ
ライチ・マンゴ・メロンなど

 4時、街の中心コンノート広場へでかける。熱風の中、銀行を探す。地図の位置と違うので探すのに苦労した。まずは銀行で換金。そして、マンゴジュース、バナナジュース、アップルジュース、と手辺り次第に飲んだ。そのどれもが百%にグッド。たまらなくおいしい。夕食はレストランにてチキンカレー、シシカバブーを食べた。これもうまかった。


グジャラート州の物産館のミラーワークの布が張りつめられた天井

 さて夜であるが、これがひどい熱帯夜。私はかつて長崎でひどい熱帯夜にあった事があったが、そんなものとは比べられぬ暑さだ。暑いので二人裸で寝る。窓を開けるとドライヤーの先からでるような熱風が襲うので、閉め切るしかない。天井扇もいくらかの助けにはなる。仕方なく考えたのが、シーツを水で濡らしそれをかけて寝ることだった。初めは水を絞っていたが、それがすぐ乾くことに気づき、絞らずにバサーッと掛けた。気持ちいい。しかし、それも1時間ほどで乾く。最終的にはベッドを水でびしょびしょにして寝たのだ。んん!インドは暑い!

 6月2日 6時半、鳥がいっぱい鳴き出した。日差しはもうひどく暑い。いったい昼はどうなるのやら心配だ。パンとビスケットで朝食。

 8時、コンノートへでかける。明日は観光バスでデリーを見学しようと予約を取った。ひと月先のパキスタン航空の帰りの便の予約もいれ、バングラデッシュ航空の予約もいれた。オフィスの女性は何とも美人で、優雅なサリーをまとい、つい見とれてしまった。

 さてデリーには地下街がある。それもエアコンが効いている。通称エアコンマーケット。新宿の地下街以上の規模だ。外は三十七度三分。外には出たくない。4時間もぶらぶらとウインドショッピングしてしまった。

 今日もジュースを4杯飲んだ。水も街中ではスタンドで売っていて5パイサ。これも5杯ほど飲んだが冷たくておいしい。大きな口を開けると、窓からじょうろの様なもので水を飲ましてくれる公営の水売り場もあって、おもしろい。僕も飲ましてもらったが、インド人のように続けて息を切らさずに飲むのには練習が必要のようだ。

 昨夜と同じく水浸しベッドで寝た。

 6月3日 近くで焼く丸パンで朝食。8時半、観光バスのピックアップポイントに行く。待てどもバスは来ない。10時過ぎても来ないので、予約店に行き叔父さんに文句を言うと、乗れ!とオートリキシャを走らせた。バスのガイドミスとの事だった。振り落とされそうな運転におびえながらも風が心地良かった。振り回されるインドに僕たちもだいぶ慣れっ子になっているようだ。しかし、こんなので追いかけて間に合うのかしら?それが不思議と間に合い、バスを無理やり止めて乗せてくれた。


天にそびえるクタブミナール
その基部は直径14.5メートルもある

 最初の観光地は七十三mの高い石の塔のクタブミナール。4世紀の建造物でコーランの文字の彫刻が周囲に施されていて見事だ。次は16世紀の王様の墓、フマユーン。イスラム様式で玉葱状の屋根の中の大空間はとても美しい。イギリスの支配下で凱旋門に似せて作られたインド門。ヒンディの礼拝者も多いシャクティ・テンプル。午前はあっと言う間に過ぎ、御昼はインド人と共にマサラやプラブを食べる。観光客と言っても外国の人はいない。ほとんどが、インドのおのぼりさんだ。

humayum tomb 1565建造

 午後はあのマハトマ・ガンジーの墓陵と記念館から見学。飾り気のない墓には沢山の花が添えられていて、今でも人々の心の中で生きつづけるインドの父への思いが伝わってくる。記念館でガンジーの業績と生きざまを見るにつけ、僕たちもいつしか涙をさそわれるほどの感慨を受けたのであった。大きな愛がそこにあった。最後に17世紀、ムガル王朝時代のキラー城を見学。大理石の透かし彫りや、金や銀、鏡を使った細工が壁や天井に施され、みごとだった。城の外では陳腐な人体浮遊術のショーなどやっていて笑いを誘った。ここでバスとも別れぶらぶらと帰る。1日ではあったが、観光旅行もいいものだと思った。

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