第13話 祭にさそわれて

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マナリーはヒマラヤが目の前だ

  5月23日 久しぶりに晴れた朝。夜とても寒かったが、陽が出て来るととてもよい気候だ。空気がおそろしく澄んでいて、真っ青な空が美しい。びっくりしたのは回りには白く雪をかぶった険しい山が立ちはだかっていた事だ。だけど、ここAMBIKAゲストハウスの庭先には小川も流れていて、林檎の木にはまだ小さい実がなっていて、とてものどかな雰囲気、のんびりできそうだ。

 9時半 村の散策に出る。人種的にはカラフルな服を身につけた山岳系の民族とチベッタンが多い。そこに観光客としてのインド人が幾らか居る程度なので、気が楽だ。シムラーで見つけた手編の靴下がなんとどこにも売っている。まだ生まれる予定もない赤んぼ用の小さな物を含めて、思わず3足衝動買いしてしまった。村のはずれでバスの中であったインド人に出会い、彼の管理している家に案内されチャイとビスケットをご馳走になる。○○大学の○○氏を知っているとか、かなりの日本びいきの様だ。明日は近くで祭があり案内したいと言うので、半信半疑ではあったが約束をした。夕食はネパール以来、久しぶりにチベット料理の店でモモ(ぎょうざ)とかトゥクパ(うどん)をたっぷり頂いた。とてもおいしくて幸せな気分だ。

 5月24日 町外れにパン屋さんを発見しイギリスパンのような形のビッグブレッド(3Re)で朝食。卵、玉葱、紅茶で頂く。実においしいパンだった。8時半、僕だけバシシントの温泉へ行く。寺の境内の沐浴場が温泉になっていて、あまりきれいとは言えないものの、石の彫刻や青い空の天井に囲まれ、久しぶりの湯船に気分は良かったのだが・・・小学生の遠足なのだろうか? 20人ほど子供が入ってきて、たちまちの内にプールのごとくの振舞いで温泉は見事に濁ってしまった。 一方、宿で休んでいた裕子の元にはゴビンダさん(昨日のインド人)が訪ね来ていた。ペラペラの英語光線にいささか参った風の裕子ではあったが、彼は公務員で、会計の仕事をしていると言う事だけは解読していた。そしてバスのチケットを買って、遅い僕を待っていた。
11時半、バスはナガルへ向けて出発した。バスの中は超満員。座っている男の膝の上に、きれいなクルビドレスを着た娘さん達がはずかしげも無く座り、バスの屋根にも、後ろのバンパーにも、とにかく引っかかりそうな処には全部人がくっついている。
 

山岳民族クルの家々

 1時間で無事ナガルに着き、まず彼の友人の家に行った。7,8人の着飾った娘さんや婦人が出迎え、又、スカートのような衣装を着けた男達の姿もあった。暫しの会話の後、裕子はクル民族の衣装を着せてもらうことになった。1枚の布をピン1本で体に巻き付けてしまい、スカーフ風の布で頭に縛ってかぶせると、クルの娘が出来てしまった。記念写真を撮ると昼食に誘われた。豆類のおかずや赤飯風の色づけされたご飯、辛いけどポテトとカリフラワーが入ったカレーはおふくろの味と言ったところで、とてもおいしかった。


男の人の祭りの正装

左は正装させてもらったゆうこ
1枚の布をピン1本でドレスにしてしまった

 みんなで寺のある山に登る。とてつも無くカラフルな人混みの中を銀の仮面が9つ程付いたみこしが幾つかやって来た。太鼓やホルンの様ならっぱの楽隊も大きな音を出す。広場ではスカートの男達が千鳥足ながら手をつないで踊っている。祭は最高潮だ。


見学する人がカラフルだ!

広場では男達がダンスして祭りのフィナーレだ
広場には木でできた人力観覧車もあった。

 帰りにゴビンダさんの同郷の知人宅でミルクの濃いチャイとビスケットを頂く。路線バスは見つからず、仕方なく貸切りのツアーバスに無理矢理頼み込み乗せてもらった。バスの中は金持ちのインド人ばかり。もちろん、冷たい視線を浴びました。

 5月25日 朝下痢。変わった物いっぱい食べたからなぁー。午前中は絵はがきを描いたりのんびり過ごす。午後は同宿の日本人伊藤氏、福田女氏、それにオランダの姉妹と共にタンカ(マンダラ)描きのタシさんの処へ行く。タシさんにチャイを頂きながら絵の書き方見方を聞き、近くの寺院の見学にも案内してもらった。五体投地で祈りをしたり、マニ車(御経の書いてある筒状の車)を回すチベット人の姿があった。

五体投地するチベット人

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