第9話 のどかなレイクサイド(ネパール:ポカラ)

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  4月26日 7時、レストランの建築作業の物音で目が覚める。このロッジは、まだホットシャワーの設備も無く、レストランも建築中なのだ。万事、のんびりとした天気まかせの手作業だ。

 トレッキングルートの途中のチベッタンキャンプに行く。強引な乗合ジープにも乗らず、長い道のりを楽しんだ。「あまなっと、あまなっと」と何か手に持って近寄る叔父さんがいた。チベットにも甘納豆があるのか?と思いつつ、見ると、それはアンモナイトの化石だった。(10Re) きつい上り道を経て、チベッタンキャンプに着いたが、衣服のプレゼントをする目的の人が見つからず、うろうろしていると、女の子に首飾りを買わされてしまった。キャンプの中は、大人が見あたらず、丸坊主のえんじの袈裟を着た子供が、凧上げをしている。縦穴式住居の様な家ばかりだ。サンフランシスコのナディンさんから預かった衣類をやっと目的の人に渡し、チベッタンティー(別名バター茶と言われ、油っぽくてしょっぱい)をご馳走になる。帰り道でなんと日本人の10名程のグループに出会う。皆カメラをぶら下げ、ハードスケジュールで可愛そうな足取りだった。
 4月27日 街へ買物をした帰り、ポカラ湖で2時間程ボートに乗る。途中2度も雷雨になり恐い思いをした。地元の子供4人乗せて遊んだが、とても明るく良い子だった。午後は、本格的な雷雨、そしてひょうも降り出した。トレッキングに行った高野さんの事が心配だ。停電が続く。絵を描いたりして過ごす。


レストランやチャイヤが並ぶのどかなレイクサイド

 4月28日 熱がある。風邪らしい。隣の女性も四十度の熱でうなっている。心配だ。

 4月29日 平熱。宿を変える。高くて汚いが、ホットシャワーで1週間分の汚れを流して気分壮快。窓からは湖が見える。銀行に換金に行った帰り、片言の日本語を話す子供がいた。日本語を勉強して、お金を稼ぐらしい。なにやら解らぬ英語「マイファダル、フォトセントル」は「僕のお父さんはフォトセンターにいる」と解るのには時間がかかった。こちらの人はTHを「だ」、Rを「る」と発音するのだ。マダル、ファダル、ブラダルだ!牛乳を買って帰る。(中味3Re、ビン4Re)

 スルジェにてんぷらを食べに行くと、例のごとく、子供達がよく働き、楽しい雰囲気。いつもたむろしている電気屋の叔父さんは、例のごとく、ガンジャをやって上機嫌だ。「メロジンタキ、ラムロ、チャ」(私の人生良きものよ!)   

 4月30日 体調が悪い。天気は良く、アンナプルナがよく見える。牛乳は沸かすと固まってしまった。これを生で飲んでいたので具合いが悪かったのか!熱も出てきてふらふらになる。

 5月1日 食事に気を付けて1日寝て過ごす。レストランでフルーツヨーグルトを頼んだら、だいぶ水で薄めた味で(これだもの!)、フルーツだけ拾って食べた。

 5月2日 快晴。気分も良好。バスで市内へ行き、ビンドバシャン・テンプルに行く。子供達と言葉遊びをして過ごし帰る。着たバスは入口の外まで人がぶら下がっているので、やり過ごし、次のバスをつかまえた。3時も過ぎたが、スルジェでおいしい昼食を採る。レストランもだいぶ出来上がってきた。 5月3日 快晴。ネパールも明日にはお別れだ。スケッチしたり、チベッタンレストランでモモ(水牛の肉入りぎょーざ)を食べたりとポカラを堪能した。※以後インドでもモモはよく食べたが、様々な形と中味があり楽しみの一つだった。

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